極私的視点(再)

思いついた時に、思いつきの文章とそれっぽい写真を大公開です。

「シン・ゴジラ」二回目(相変わらず微妙なネタバレ)

シン・ゴジラ」の二回目鑑賞。

一回目は公開初日ということもあってか予備知識はTVで流れる予告編というかCM映像のみで、ほぼ真っ白のまま観てその情報量に圧倒されて見終わった。その後いろんな人のコメントやら評論やらを観て読んで望んだんだが、それでもやっぱりすべての情報を受け止めきれない。そんなわけでオタクがいろんな邪推を繰り返し、様々な推論を構築したうえで人に語りたくなる映画であることには間違いない。いまはインターネットがあるから書籍ではなく各自が自由に発信しているが、それがなかったTV版放映当時にエヴァ関連書籍が書店にあふれたのも同じ状況だったんだろうな。
前半の会議シーンを改めて見ると、いまの政治家に対する皮肉とも受け取れるんだがこれってコメディになっている。手塚とおるがいい感じだな。ゴジラ呑川を遡ってくるシーンで、橋の名前が出たから調べてみると、昔住んでた辺りからそう遠くない場所だった。呑川は歩いて5〜6分位のところにあったし、そうなるとオレも避難対象地区住民で逃げまわってた人たちのひとりだったんだな。
中盤の自衛隊丸子橋攻防戦あたりは「ガメラ2」風味(戦車隊長が若い隊員を励ますシーンを思い起こさせる場面もあった)で自衛隊がものすごくかっこいい。隊長役のピエール瀧がいかにも軍人然としててかっこいいぜ。

人が死ぬ描写はないが、被害の大きさはよく分かる

この映画に対するいろいろな評価のなかで「人が死ぬシーンがないから現実味が云々」などというものを幾つか呼んだが、この映画ではそういったシーンはあえて排除したと思うぞ。なぜかといえば、311をはじめ我々はそういったシーンを目にする機会がなく(マスコミの報道規制か?)、ニュースで見るのは破壊された街や避難所にいる被災者の人々ばかりで、この映画ではそういったシーンは沢山挿入されていた。(放射性物質を吸い込まないため?の)マスクをして避難所で呆然として座っている人たちが出てくるが、アレを見るだけで観客、特に今の日本人はその被害の大きさや被災者の大変さが伝わってくるだろう。ゴジラの恐怖はそれだけでも十分に伝わってくるだろう、というのがオレの感想ですね。逆にゴジラ問題が一通りの解決をみたあと、避難所の人たちがうれしそうに挨拶してたり、洗面器をもって出口へ向かっていたりするのをみれば、「ああ、災害は一段落して問題は解決に向かっているんだな」とわかる。それも20世紀末から21世紀にかけて発生した自然災害での被災者を観ている我々は意識せずとも理解できる。人が死ぬ直接的なシーンはないが(避難しようとした家族の住むマンションが崩れるシーンがそれに当たるかもしれないが)、それがなくても現場の悲惨さは伝わってくると思うんですね。
ゴジラが一旦海に引き上げた翌日にはふつうに電車が走っている(関東最強といえども京急は品川辺りでひどくやられたから運休らしいが)というのは、311の三日後の月曜日には電車の間引き運転で大変な混雑にも関わらず会社へ出勤した事を思うとさもありなんというべき(オレもその一員だったね。その時には京急も頑張ってたぞ)
前回「違和感あり」だった石原さとみなんだが、二回目になると耐性ができていたのかそれほど気にならなかった。で、その石原さとみの最後のセリフが「牧も好きにしたように、あなたもしたら」(多分こんな感じだった)で、これって巷で繰り広げられているゴジラの正体(発生源というか、パトレイバーの「廃棄物13号」的なモノ)について石原さとみはすでに知っていたという示唆ではないかと思いましたね。
今回の長々と書いてしまいましたが、まだまだ細かい部分で語りたいこともあるようでないようで。

細かいことで申し訳ありませんが

そういや、映画開始の東宝の会社タイトルに「TOHO SCOPE」のやつが出たという話も聞いたが、やはり前回同様出なかったぞ。東宝マークを真ん中にしてキラキラした放射線状のひかりが出てるいまのと昭和時代の旧いやつ、それから青地に東宝映画作品の3パターンのみだった。関係ないけど、平成ガメラ一作目の最初に「東宝マーク」が出たあと続いて「大映マーク」が出てきたのを観た時には泣けた。その後本郷功次郎が出てきてまたまた泣けた。映画会社のタイトルを観ただけで泣くのはバカだと思うんだがしかたながない。それと「シン・ゴジラ」では「映倫」のマークがタイトル横っちょに出てくるんじゃなくて、ど真ん中に表示されるのが庵野風味でかっちょよかったぜ。なんて、書いているとキリがないな。


そんなこんなで二回目もオモシロイ「シン・ゴジラ」。未見のヤツはすぐに劇場へGO。