前回につづいて、ボツ気味な写真(中四国学生アメリカンフットボールリーグ戦)
一生懸命やってるので、かっこいいばかりではない。かっこ悪くても仕方がない
一生懸命プレーしていると、必死な顔だったり、変なポーズになったりするのは仕方がない。皆、相手をぶちのめす気概でやプレーしているわけで、自分のポーズなんて気にしてられない。でもそんな懸命さはカッコイイぞ。
▼タッチダウンで嬉しいのは分かるけど、早くボールを返してね(審判より)
▼うひょー、パス長すぎ
▼「プレーが出ないよなー」「パス取ってくれよー」(と、両者の間に少し冷たい空気が流れてる)
▼「うひょー、タッチダウンとったどー!」「喜び過ぎ。まあコールするけど」
▼「おっしゃー、全力でニーダウンじゃ」
試合終了直前、勝ってるチームしか出来ないニーダウン。やる方は気持ちいいけど、やられる方は腹が立つ。
▼「1対6でかまわんわ。かかってこんかい(99)」
▼「ヒップアタック!」(越中詩郎ふう)
▼「しっ、しまったー」
▼「ファンブルじゃないもんね、リバースだもんね」
▼「取れんかったわー(18)」「あらよっと(11)」
▼「痛ったいわー。あいつのタックル痛いわー」「大丈夫?」
▼「攣った、攣った」
「重要な注」
中四国学生アメリカンフットボール2017年リーグが開幕しました
ということで、あまりかっこよくない写真はこちらに
アメフトの試合の写真を撮ったりするんだが、1試合で500〜600枚くらい撮るわけで(高速連射したらもっと枚数が行ってしまうので低速連射か心を込めて一枚ずつシャッターを押すやり方)、その半分以上がわけがわからない写真になっているのは自分の腕の無さだという事は自覚しております。
で、少しかっちょええ写真はFBやInstagramなどにはっぴょうするんだが、それ以外のものはディスクの肥やしになっている。
まあそういうわけで、よほどピントが合ってないとか、何撮ってるのかわからないとか、まっくろけとか真っ白とかいうヤツ以外で、「がんばって撮ってるっぽいけど、やっぱり失敗だよね」とか「フットボールをよく知らない人が見たら、なんだかわからないだろうな」というようなのをこっそり公開してみますわ。
▼これは特に失敗ではありません。
▼審判のタッチダウンコールがちょっと中途半端なタイミングになってしまった例。ぶれてるし。
▼審判がレンズ前に入ってきて、ピントがそちらに合ってしまった例。よくありがち。
▼タイムアウト中に急いで水を運ぶマネージャー。プレーとは関係ない試合風景写真。
▼だれもあまり気にしない人たちだけど重要なチェーンクルーの面々。学生リーグでは試合がない大学の下級生が担当する場合が多く、審判に怒られながらやり方を覚える方式。左の女性マネージャーはボール係。審判にボールを出すタイミングが遅くて、時々怒られたりするけれど、チェーンクルーに比べると怒られることは非常に少ない。
▼「パスきたー!」とシャッターを押した瞬間、チェーンクルーが持つダウン数を示すインジケーターが写り込んでしまってなんだかよくわからん写真になった例。
▼「独走キター」と思ってカメラを振ったら、サイドラインにいたコーチが写ってしまった例。
▼これは意図してタッチダウンコールをする審判にピントを合わせた例。
▼ファインダーを覗いていて、「タッチダウンだー」と思ってシャッターを押したら、ボールを持ってない選手がエンドゾーンへ倒れ込んだ例。密集の外にいる選手も「タッチダウンか?」とみんなその選手(69番)を見ている。
▼サイドラインぎわの独走にウォーター用ボトルをもったマネージャーが写り込んだ例。よくありがち。
▼何処かを痛めた選手が出るとタイムアウトがかけられ、サイドラインからドクターと一緒に補助員が担架を持って走ってくる。オレが現役時代には考えられなかった状況。でも時々骨折なども発生するから、これは大切。
▼タッチダウン・シーンを狙ったら、色んな人がレンズの前を横切るの図
▼整理がつかないのでとりあえず審判のタッチダウン・コールを撮るとそれっぽくてカッコイイ(と思っている)
▼重篤な場合ではない限り、けが人はできるだけはやくフィールド外に出さなければ審判に怒られる補助員らは、選手の誰かが倒れ込んでいるのを見ると、担架を担いで必死でフィールド内に走り込んでいる勤勉なやつら。
これ以外にもいろんな風景が見られる試合会場へ行きましょう、みなさん。
以上です。
盆休みだしな、自転車でちょっとぐるぐる回ってみたりした
映画「この世界の片隅に」に登場する場所へ行ってみた。
呉の街と広島平和公園周辺を自転車に乗ったり歩く回ったりしたのです。
▼映画にも登場した坂道。いまは美術館通りと呼ばれて、歩道にはこんな彫刻が並んでる。こいつに見とれて、戦艦大和が描かれたマンホールの蓋を見逃してしまった。
▼坂を登りきると、左手に入船山公園
▼坂を登った先には、義父を見舞いにすずさんが登った階段
▼映画が評価された要因の一つだと思っている、主人公すずの声を演じたのんちゃんが、呉での写真集で走ってた歩道橋
▼歩道橋の目の前には戦艦大和が建造されたドックが今も残る
▼すずさんの嫁ぎ先から市街地へと続く道の途中にあり、劇中にも度々登場する三ツ倉。
▼こんな味わい深い建物も残ってた。
▼すずさんと周作が語り合った小春橋。見切れているハンドルは、呉市内を巡るのに使ったレンタサイクル(1日500円)
▼JR呉線の高架。右へ行けば呉駅。まっすぐ進めば左手に下士官兵集会所
▼少し前までは海上自衛隊が使ってたけれど、今はもう使われていなかった旧海軍下士官兵集会所
▼場所は変わってこちらは広島平和公園
▼原爆投下までは賑わってた街だったそうな。この建物は映画に出てくる大正屋呉服店。現在は平和公園のレストハウス
▼原爆ドーム。後ろはおりづるタワー。上の展望室に登るには1700円。ちょっと高い
▼原爆の焼け野原ですずさんと周作が語り合った相生橋。
「この世界の片隅に私を見つけてくれてありがとう」
▼おまけ。呉の地元民にも評判の高い「南州ラーメン」の南州ラーメン860円
映画「この世界の片隅に」は劇場でも見たんだが、GYAOでヤフープレミア会員は無料で見られたので、二回見てしまった。声高に反戦を叫んだり、戦争の悲惨な部分だけ強調していないし、「これはすごい!」とか「面白い!」とか大上段の構えて褒め称えると言ったたぐいの映画ではないと思うけれど、しみじみ良い映画だと思います。広島弁のセリフは多少の違和感も感じるけれど、戦争体験した世代が話すネイティブな広島弁だなぁと思えるしね。
自然の都合で進行が決まるのが自然
厳島神社 管絃祭へいったのです
毎年旧暦6月17日に行われる厳島の管絃祭ですが、今年は潮の関係で一時間前倒しで行われました。グレゴリオ暦の曜日に関係なく、潮の状況でタイムスケジュールも変更される自然に任せた行事の管絃祭。神様の都合で進行が決まる。これぞ祭り。観光化されすぎず、神様のために地元の人達が粛々と執り行う。世界遺産という商業主義に流されない厳島神社は素晴らしい。
管絃祭は夕方の引き潮となる時刻から神様を本殿から輿で御座船に乗ったいただくことから始まるのですが、なにぶん平日なもんで参加は夜の部のちょうちん行列から。行列参加者に無料で配布されるちょうちんも今年で3つめとなりました。
祭りの最後は厳島神社の回廊の狭い枡形の中で船を三度回します。回廊をぎっしりと埋めた観客からは歓声が上がり盛り上がりも最高潮。今年は一時間前倒しだったので23時ころ行われたのですが、通常は真夜中あたりに執り行われます。この日の本土へのフェリーは特別ダイヤで0時発が最終なので、今年は余裕を持って見られましたが、普通は最終フェリーの時刻を気にしながらドキドキしつつ見なければなりません。じっくり見たいならば島に泊まるしかない。観客の中にも旅館の浴衣姿の人たちがいらっしゃるのを見かけましたよ。
むかしの偉い人は頼まれるとすぐに書を揮毫するのであろうか?
たぶん今のサインとか「一緒に写メとっていいですか?」的な位置づけなんだろう
山口市内にある「菜香亭」という元料亭であった建物に行ってきた。
山口と言えば明治維新から多くの総理大臣を始めとする政治家が出た土地であるためか、そこにはそれら政治家が書いたたくさんの書が額装されて展示されてたので、とりあえず知ってる人たちのものを端から撮ってみたりしたのです。
▼これは書家 明治三筆のひとり「巖谷一六」のもの。
▼菜香亭の大広間。戦後は結婚式場として一般にも利用されてたらしい。鴨居にずらりと書が掲げられている。
▼木戸孝允「清如水平如衛」
▼山県有朋「江山豁所」
▼佐藤栄作「独坐大雄峰」
▼岸信介「澄心静慮」
▼井上馨「四面菜香條気心」
▼安倍晋三「寂然不動」
▼松岡洋右「開誠布公」
▼竹下登「我が道を行く」
▼田中角栄「微風和暖」
ひまわりは花粉がいっぱいなので持ち歩くには注意が必要
うちも種を植えたけど、上手く育たなかった、残念
まあ夏だし、夏といえばひまわりだろうと言うことで、ひまわりがたくさん咲いているところへ行ってみた。具体的な場所がよくわからなかったから、Googleアシスタントさんに聞いてみたら出てきたから、そこを目的地に車でGO。で、到着したらすごい車で会場近くまで入れない。みんなGoogle頼りですか。おそらく初めは地味に始めた地元の人達も、こんなに人が集まるとは思わんかったんだろうね。まあ場所は休耕田で、広くはあってもたくさんの車を停めるような場所はないもんな。
会場は3,4箇所あるので、一箇所目は入れなかった我々は次の会場を目指したんだが、道道には手作りの看板が掲げられているものの、開催場所に関する情報は乏しく多少迷ったりしてたどり着いた。同じような目的と思われる車が後ろについてきたりして、こちらもそれっぽい車に従って走ったりしたんだが、もう少し会場案内情報があればよかったのにね。まあ手作りイベントっぽいから、仕方がないけれど、せめて会場整理の人たちは別会場を示すパンフレット(手書きコピーで可)などをドライバーに配ればよいのになどと思っておりました。
ひまわり会場といえば、たくさんのカップルや家族連れで賑わい、なかなか素晴らしかったですね。欲を言えば地平線まで続くひまわり畑的な光景を期待してたんだが、それって北海道以外では無理だろうし、この狭い中山間部ではこれだけひまわりが密生しているだけでもすごいと思うわけです。
咲き誇るたくさんのひまわりはキレイなんだが、マムシには注意。
ひまわり畑のあとには、もう少し足を伸ばして渓流を散策。
「帝釈峡」には「雄橋」と呼ばれる橋のような形に削られた大きな岩がある。この大きさや威圧感は写真ではとても伝わらない。(下を歩いている人と比べると、その大きさがちょっとは感じられるかな)
東南アジア系ムスリムの女性。渓流散策途中で一休み一休み。
目の前を歩いていたカップル。女性はかかとの高い靴を履いていて、時々転びそうになってた。自転車が走れるくらいに整備された道だけど(渓谷入口には貸自転車がある)、渓流散策にはスニーカーなど がよろしいかと。
道の所々にはこうした石仏があって、番号が振ってあるんだが、意味は未確認。
帰り道、毛利元就の墓所と、毛利家ゆかりの神社でJリーグのサンフレッチェ広島も毎年必勝祈願に訪れる「清神社」を訪ねる。
墓所へ向かう山道で、すれ違った参拝帰りのばーちゃんに「今日はお墓の門が空いてますよ」と教えてもらった。前に来たときは固く閉ざされていて、外側から参拝したんだが、今日は恐れ多くも中まで入って時代を代表する戦国武将に手を合わせる。
がんばれ、サンフレッチェ広島!
Y!mobile版のNexus6pのSIMロックを解除してみた
今後、海外旅行なぞで現地SIMを使う必要があるかもしれぬ、ないかもしれぬ
今年の1月にNexus6pに替えて、今日で181日目となるもんで、すかさずSIMロックフリー化作業をやってみた。
解除コードの入手までは順調だったんだが、契約解除済のauのiPhone6からSIMカードを抜いてこいつで解除しようとしたら、「エラーですぜ」とメッセージがでて全く受け付けない。しょうがないので家人の(こちらはauのiPhone5s)からまだ生きているSIMに差し替えてみても同じで少し焦る。
こんな時にはインターネッツから情報を入手するに限るわけで、ちらりと調べてみると「解除コードとして表示される文字列のうち、数字のみ入力すべし」という重要な情報が入手出来た。解除コードは数字とハイフンの組み合わせで表示されるんだが、ありゃ間違うぜ。で、実験として契約解除済のSIMに替えた後にその通りにやってみるとあっさりと解除完了。
ということで、契約解除済みのSIMカードでもSIMロック解除処理が可能です、という重要情報をここに記します。
が、auのSIMはNexus6pではうまく認識せず、APN設定ができなかったのでY!mobile以外のSIMで通信できるかは未確認。多分docomoやソフトバンクであれば大丈夫だと思う。
そんなわけで次は海外旅行なんだが、いつ行くんだ、オレ。
今回は写真は関係ないけど、寂しいので地元のショッピングモールで撮った写真を少し。